重い障がいをもちながら毎日頑張る息子と日々奮闘してる母が生活をつづっています
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聡太誕生まで


2004年8月28日(土)夜 26週
 
 恐れていたことが起こった。出血。すぐに病院に電話を
するが、様子を見るように言われベッドに入る。暫くして
出血がひどくなり病院へ。診察をしてもらって少し破水し
てるとのこと。絶対安静で管をされ点滴。赤ちゃんは元気
とのことでほっと安心する。
 
 9月5日(日)
 入院して1週間が経ったが出血は相変わらず。
テレビを見たり本を読んだり気を紛らわして過ごす。
京都では珍しい大きい地震があった。

 9月6日(月)
 出血が全然止まらなく気分はブルー。個人病院ではもし
産まれたら対応できないとのことで転院の手配を急ぐこと
になった。

 9月7日(火)
 大学病院へ転院。初めて救急車に乗る。けっこう狭くて
すごく揺れた。まだ自分の状態がそんな悪いものだとは
まだ予想もしてなかった。転院先でも検査で2時間くらい
かかった。血流はいいとのこと。破水はしてるが羊水が
十分にあるからこのままとりあえず絶対安静に。

9月8日(水)
 出血も全然治まらなく精神的にイライラする。
同室の人たちは管理入院で歩くこともでき私からしたら
元気そうだったので余計に辛くなってきた。でも今は
じっとじっと我慢と自分に言い聞かせる。

 9月9日(木)
 状態変わらず。夕方に先生から「ちょっと赤ちゃん
しんどくなってきてるかなー。もってくれるといいけど。」
私はショックで何も詳しく聞けず精神的にかなり参ってた
ので涙が止まらなかった。その夜は遅くまで旦那も居て
くれた。お腹が痛くなって看護師さんに言うがしばらく
して治まったのでそのまま寝ることにした。

 9月10日(金)
 朝から胎動をあんまり感じなく機械をつけて心拍を
計る。看護師さんがデータを持って行って先生が駆けつける。
「心拍落ちてきてるなー。分(娩)行くか。」私は「えっ?」って
感じだった。バタバタ他の先生も来て赤ちゃんがしんどく
なってきてるから出してあげましょかーと。
診察をして帝王切開するとの説明。手術台に乗って周りが
バタバタ準備をしてるのがよく分かった。緊張して咳が
止まらなくなり不安になってきた。でも、手術はすぐに
終わるから赤ちゃん頑張って!との思いばかりだった。
下半身麻酔はそんな痛くなかったが、切られてる感覚は何となく
分かった。先生の荒い息使いが「そんなに大変なん?」って
思ってました。酸素マスクが苦しくて息が出来ない感じで
何回も息苦しいですと訴えたが赤ちゃんの為に頑張ってと
言われ自分に言い聞かせた。赤ちゃんを取り出されてから
全身麻酔がかかり寝てしまった。呼ばれてぼっーっと目が
覚め、手術が終わってた。先生に「元気な女の子ですよ」って。
男の子と言われてたので何でやったんかなー?ま、元気
やったらいいわって安心していた。家族と対面して
「よう頑張った」と言われホッとする。先生が来て
男の子でした、すいませんと言いに来られた。
その日は痛みで寝られなかったが精神的に少し落ち着いた。

午後1時31分 996g  聡太誕生


NICUに入ってから  


 9月11日(土)
 私は痛みで殆ど寝られずだったが、管もはずしてもらって
ちょっとスッキリ。お昼に初めて我が子と対面できた。
(まだ私はこの時もそうたが仮死状態で生まれたことも
危険な状態で昨日の山を乗り越えた事も聞いてなかった。)
対面前に看護師さんが小さくて色々管とかもしてるから
びっくりするかもしれないけど、、、って言ってた。
我が子がいる保育器の前に連れて行ってもらい少し立って
見てみた。感動!涙が出てきた。当たり前だけど小さくても
ちゃんと人間の形してた。指もできてた。いっぱいいっぱいの
点滴やら人工呼吸器やらで痛々しかったが感動感動でした。

 元の大部屋に戻って他の人たちは「おめでとう。いいなー。
あ、でもまだあかんあかん、まだ出てきたらあかんでー」って
お腹さすって言ってた。何がええねん!この人たちとは
もう会ったりしないからほっとこうと思った。辛かったなー。

 この夜は久々に寝ることができた。

 9月13日(月)
 朝からお乳搾りが始まった。痛かったなー。痛みは割りと
我慢できる方だったが、これは痛かった。でも、子供のため
頑張った。眠い体を起こして静かーにこそこそと。

 9月14日(火)
 私の体調は良くなってきた。個室が空いたので早速移動。
やっと一人になれてあの方たちから離れられてスッキリ。

 9月15日(水)
 小児科の先生はすごく感じのいい先生。
 この頃旦那にそうたが生まれた時脳内出血して腫れていた
ことを聞いた。でも、それが将来どうなんかはまだ私達も
分かってなかった。小児科の先生は早産になった原因は
分からないと言われた。

 9月16日(木)
 先生よりそうたの脳ほうのひきが悪いと聞かされる。
将来障害が出るかもしれないと言われた。今は経過を
見るしかないとのこと。

 9月18日(土)
 私の子宮は何かに感染していたようだが目ぼしい
ウィルスには反応してなかったとのこと。原因分からず。

 9月22日(水)
 私は退院できた。そうたは酸素マスクをはずしてたが
しんどそうでキンコンキンコンよく音を鳴らしてた。

 9月24日(金)
 呼吸がやっぱりしんどそうで鼻にマスクをしていた。
時々呼吸をしなくなるので保育器をゆらしたりお尻を
トントンと叩いて呼吸させる。

 9月26日(日)
 初めて泣き声を聞いた。フェ~フェ~と泣いてた。

 10月2日(土)
 前の日夢でそうたを抱っこしていた。そしたら
初めて保育器の中で両手でそうたを抱っこさせて
もらった!思ったより重くて(でも930g)あったかかった。

 10月4日(月)
 鼻のマスクをしてるとまだ呼吸が楽そう。ないと
しんどうそう。ずっとこういう状態が続いている。

 10月7日(木)
 初めて眼科検査。ストレスを感じるらしいので
鼻マスクをしてゆっくり休ませる。

 10月10日(日)
 胃までのチューブではミルクが戻ってきたりしんど
そうなので十二指腸までに変える。

 10月11日(月)
 ずっとそうだったが、唾をごっくんできないので
溜まってくると苦しそう。バタバタ動いて訴えてる感じ。

 10月21日(木)
 鼻マスクをはずして頑張れてる。

 10月22日(金)
 眼科の先生より未熟児網膜症なので治療を
して行きましょうと言われた。怖いことを一杯言われ
泣いてしまった。早速レーザー治療することになった。

 10月27日(水)
 今日はMRIの検査。保育器から移動の保育器に
移されるのはほんと、慎重にしてもらってた。

 10月28日(木)
 検査結果でやはり血のかたまりがいくつかあり
将来障がいが出るかもしれないと言われた。

 まだまだこの時はそんな重い障がいになるなんて
思いもしなかった。先生も分からなかったのかどうか?

 11月9日 (火)
 初めて保育器の外で抱っこさせてもらった。
感激で涙が止まらなかった。そうた有難う!私への
最高の誕生日プレゼントだった。

 11月10日(水)
 昨日に続き今日は初めてのカンガルーケアを
させてもらった。あったかかったなー。そうたの
呼吸も落ち着いてたから良かった。

 11月12日(金)
 沐浴できたらしい。酸素は横に置いての状態だが
外に連れても少しくらいなら平気そう。
このころから少しづつストレッチを始める。

11月18日(木)
 保育器の酸素カットできるようになる。けいれんの
薬が増える。ぴくっぴくっとなることが生まれて
しばらくしてからあった。

 11月21日(日)
 やっと保育器から出られた。

 11月25日(木)
 少し前から口から飲むことを練習。3cc飲めた。

 12月1日(水)
 先日先生から2300g台ぐらいを目標に退院考え
ましょうかと。この感じだと吸引機を購入して
もらわなねーと。私すごいびっくりして言葉が出なかった。
ここまでそうたを見て来てたが、飲み込めないのはまだ力が
ないだけだと勘違いしてた。全然状況を把握してなかった。
あほな私で先生の言葉にショック。
 搾乳頑張っても飲んでもらえへんねんなーと悲しく
なって授乳室で泣いていた。そうたの側に戻っても
涙が出て出て。また授乳室に。同じ部屋では赤ちゃんに
オッパイを飲ませてるお母さんが居て、更に辛くなる。

 12月2日(木)
 私達の両親達も交えて先生から説明を受ける。
脳室周囲白室軟化症(PVL)だと。将来足に障がいが
出るかも。飲み込みは出来るようになるかはまだ
分からないと。先のことははっきり言って分からないと。
親達は戸惑っていた。私はここんとこ先生に言われ
だいぶ落ち着いてきたので断乳することにした。
現実を受け止めて前を向いていかなと思い決心した。
今まで頑張って絞ってきたのでストックもあり
看護師さんもいいですよって言って下さった。そして
よく頑張ったねって。

 それからの私はチューブの入れ替えや吸引を教えて
もらったり退院の準備を始めていった。気持ちもだいぶ
すっきりした感じだった。

 12月9日(木)
 引越し先を探しに行った。体重は2094gに。
 12月中はなかなか体重が増えず先生も何でかなー?って
ばっかりだった。

 1月に入ってから
 何故か体重が順調に増え先生もびっくり。

 1月21日(金)
 そうた退院。2952g。先生やたくさんの看護師さんの
お陰で退院できる日を迎えられました。


長々となりました。読んで下さり有難うございます。
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<< NICU退院後から現在まで // HOME // ご存知ならいいですが、、、 >>
最後まで、読ませて頂きました!
そうたママもいろんな不安や辛い気持ちを乗り越えてこられたのだなぁと思いました。
きっと、ママを支えるパパや家族も、心配していたことだろうなぁと思います。
私もそうですが、こういうときに一番、家族のありがたみがわかりますよね・・・。
これからも、きっと、たくさんの支えによって、私も成長していくのだろうと思います。
そうたママ、一緒に頑張りましょうね☆
【2006/03/06 Mon】 URL // ひなたママ #- [ 編集 ]
ひなたママへ

読んでもらって有難うございます。
ここに来て下さる方の多くは私みたいな
辛い経験をされてる方が殆どだと思う
です。だから気持ちを分かってもらえる
かなーって。

ほんと、周りに支えられて頑張って
これてます。感謝です。

こちらこそ一緒に頑張らせて下さいね!
【2006/03/06 Mon】 URL // そうた母 #- [ 編集 ]
長い入院生活をしていたのですね。
そうちゃん、おうちでパパママと一緒に過ごしたくて
頑張ったんだね!
ママも 分からない事だらけで 辛かった事でしょう。
よく頑張ってきたね。
今はたくさんのお友達も出来て たくさん支えてくれる人の存在にも気が付けたね。
そんな そうちゃんとママには これからもっとたくさんの人が力を貸してくれたり 優しさを持ち寄ってくれたりすると思うよ。

そうちゃんの成長を 私にも見守らせて下さいね!

【2006/03/06 Mon】 URL // may #yErO6BWs [ 編集 ]
mayさんへ

読んでいただいて有難うございます。
そうた、本当に頑張ってくれたと思います。
今も頑張ってますが。

そうです、たくさんの方と出会えて
頑張れてます。

そうたはまだまだ成長出来ると思います。
mayさん見てて下さい!RYO君のような
元気な子になります!
【2006/03/06 Mon】 URL // そうた母 #- [ 編集 ]
読ませてもらいました。
ほんと自分と重なる部分が多くて、涙が出ました。

辛い思いや悲しい思いをしたけれど、
わが子のがんばりや、周りの人の助けには本当に勇気づけられますよね。
これからも一緒にがんばろうね!

あつやを初めて抱っこしたときの感動を思い出せてくれてありがとう。
【2006/03/06 Mon】 URL // あつママ #VqyS/JsI [ 編集 ]
あつママさんへ

読んでもらって有難うございます。

ほんと、色々助けてもらってます。
有難うございます。

いえいえ、そんなー。私も時々そうたが
落ち着いてる時にふっと今までの事を
思い出しじ~んときたりしてます。

一緒に頑張らせて下さい!
【2006/03/06 Mon】 URL // そうた母 #- [ 編集 ]
こんにちは!.
自分の事と重ねながら読んでいました。
たくさん辛い思いをして・・・そうた君、そうた母さん、頑張ったのですね・・・
これからもお互い、いろいろな事があると思うけど、一緒に頑張っていきましょうね!

【2006/03/08 Wed】 URL // anri(あやぴー) #L9FLFt/w [ 編集 ]
anriさんへ

読んでもらって有難うございます。

そうですね、これからも色んな事があると
思いますが、励まし合いながら頑張らせて下さい!
【2006/03/08 Wed】 URL // そうた母 #- [ 編集 ]
こんにちは
こんにちは.
うん,うん・・・ってうなづきながら読んでいました.
でも,そうたママさんって優しい人なんだな・・・っていうのが読んでいて伝わります.
私なんて,あの頃,自分のことばかり考えていたし・・・

まだまだの私です.
そうたママさんのブログいつも読ませてもらって元気をもらっています.
【2006/04/07 Fri】 URL // はと #- [ 編集 ]
はとさんへ

 読んでいただいて有難うございます。優しいなんて嬉しいです。でも、実際違いますよ。自分の事ばっかり考えてますもん。
元気をあげれてたらすっごく嬉しいです。読んでもらえるだけでも嬉しいです!
【2006/04/08 Sat】 URL // そうた母 #- [ 編集 ]
読ませてもらいました。京都の大学病院ってことは、いっしょなのかなぁ。私も同じようなつらい思いしました。周りの人たちみんな元気な赤ちゃんうんで、おっぱいをあげていて。。。わたしは、出ないおっぱいをこそこそ搾乳機でしぼってとどけていました。でも、口からは飲めなかった。鼻注の練習、吸引器をかってください。。なきながら、かよってました。でもいまは、大丈夫。こうやって同じ思いをした人たちとであえたから。いっしょに頑張りましょうね。
【2006/07/26 Wed】 URL // tommo #- [ 編集 ]
tommoさんへ

 初めまして!読んでいただいて有難うございます!!同じ病院ですかねー?鼻チューブで吸引器必要な子会ったことないんですけど。
 同じ思いされたんですねー。
 そうですね、私も同じような思いをされた方に出会って頑張れてます。一緒に頑張らせて下さいね!
【2006/07/26 Wed】 URL // そうた母 #- [ 編集 ]
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【2009/10/22 Thu】 // # [ 編集 ]

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